Ludwig Mies Van Der Rhoe(ルードウィッヒ・ミース・ヴァン・デル・ローエ):バルセロナオットマン プレミアムをデザイナーズ家具専門店のArtchair(アートチェア)では格安かつ送料無料にて販売しています。
Artchair
Artchair Selection 【バルセロナオットマン プレミアム】
Artchair Selection【バルセロナチェアオットマン プレミアム】
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■価格:72,800円(消費税込)
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■個数(必須)
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■色(必須)
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■送料:サービス
*沖縄・離島は別途必要
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この商品は受注生産品につき、納期はご予約後3〜4ヶ月
商品情報
■サイズ:W620×D580×H380
梱包重量:17kg 1梱包
■デザイナー:ルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ
(Ludwig Mies Van Der Rhoe)
■仕様:
【オットマン】張地の本革からお選び下さい。---イタリア製
【オットマン内部】モールドウレタンフォーム、高密度ウレタンフォーム、ポリエステルシート
【脚】ステンレスバー(無垢材)鏡面磨き仕上
【輸入会社】E-COMFORT(イー・コンフォート)---製造元:中国
【保証について】通常の使用により機能を有さなくなったと判断される破損や破壊の場合はE-COMFORT(イー・コンフォート)が1年間保証致します。尚、ご使用における細かい傷、洗剤やクリーナーなどを使用したことによる変色、直射日光や使用期間など時間経過による変色・磨耗・劣化などは保証の対象外です。
*この商品はライセンスフリーとなったため海外で製造しているジェネリック品です。
■説明:バルセロナオットマンはバルセロナチェアと共に1929年に開催された世界博覧会で鉄とガラスによるドイツ館:パヴィリオンと共に発表されました。フレームにはステンレスを使用していますので錆びることはなく恒久的に美しい状態を維持することができます。

*通常のバルセロナチェアとバルセロナプレミアムの違いについて
背と座のクッションに高密度のモールドフォームを採用しました。クッションそのもの重量が増加したことにより安定感があります。又、その事によりボタン締めのボリューム感が出ています。またフレームの背の角度が通常のバルセロナチェアに比べ、約3cm起きています。
張地色
セミアニリン革は全部で8色(表面張革色)
セミアニリン革
・セミアニリン仕上げ・・・顔料、染料を併用し表面を均一に仕上げています。
・一般的に家庭用皮革に多く使われています。
・耐久性に優れ、肌触りがよく、とても柔らかいレザーです。
ML001 ブラック ML002 ホワイト ML003 レッド ML004 ベージュ ML005 ブラウン ML007 ピュアホワイト
セミアニリン革
ML001
ブラック
セミアニリン革
ML002
ホワイト
セミアニリン革
ML003
レッド
セミアニリン革
ML004
ベージュ
セミアニリン革
ML005
ブラウン
セミアニリン革
ML007
ピュアホワイト
ML023 ダークレッド ML025 ダークブラウン
セミアニリン革
ML023
ダークレッド
セミアニリン革
ML025
ダークブラウン
商品写真
ルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナオットマンプレミアムは高級感が違います。
▲ルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナオットマンプレミアムは高級感が違います。
Ludwig Mies Van Der Rhoe (ルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ)
Ludwig Mies Van Der Rhoe (ルードウィッヒ・ミース・ヴァン・デル・ローエ)
Ludwig Mies Van Der Rhoe (ルードウィッヒ・ミース・ヴァン・デル・ローエ) 1886年〜1969年
ルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエは1900-04年まで地元のスタッコ装飾の製図工として働いた後、1905年にベルリンに移り、1907年までブルーノ・パウルのもとで働きました。1908年にはピーター・ベーレンスのデザイン事務所に加わり、ここではヴァルター・グロピウスやハンネス・マイヤーやル・コルビュジエと共に仕事をしました。1911年ペーレンスの事務所を辞めてベルリンに自分の事務所を設立しました。1922年には革命的なノヴェンバーグルッペに積極的に関わり、同グループの展示会におけるルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエの住宅、高層ビルの提案はモダニズム様式を推進する理想的なものでした。1926年にはドイツ工作連盟の副会長になり、1927年には「ディ・ヴォーヌング」展を開催しました。またマルト・スタムの溶接ガスパイプの片持ち式椅子に影響を受けて1927年には弾力性のある「MR10」や「MR20」を生み出しました。1929年にはバルセロナ万博博覧会のドイツ館を設計し、バルセロナチェアが展示されました。バルセロナチェアは国王アルフォンソ13世の「王座」として使用されました。1928-30年にはトゥーゲントハット邸を設計し、ガラスのテーブルや椅子をデザインしました。1930年にはバウハウスの校長となり、建築を教えました。1933年からシカゴに事務所を移して、シカゴの学生であったハンス・ノールと結婚して1947年にはノール社からルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエの家具が発売されました。1948年にはニューヨーク近代美術館でルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ回顧展も行われました。ルードウィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエはモダンムーブメントの提唱者であり、20世紀もっとも影響力を及ぼした建築家の一人として高く評価されています。
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