| アイリーン・グレイとは? |
|
 |
| アイリーン・グレイ(Eileen Gray/1878年〜1976年)は女流プロダクトデザイナー&建築家としてパリを中心に活躍した人物です。1878年、アイリーン・グレイはアイルランドの裕福な芸術家の家庭に生まれ、1998年〜1902年、ロンドンのスレイド美術学校とパリのアカデミー・コラロッシ、アカデミー・ジュリアンで絵画を学びながらD.チャールズのディーンストリート家具工房でラッカー塗りの仕事に従事しました。1907年からパリを生涯の拠点に据え、日本人の菅原精造から漆工芸の指導を受け、鮮やかな模様の入った漆塗りの衝立やパネルを数多くデザインしました。アイリーン・グレイは1919年にマチュー・レヴィ夫人のリュ・ドゥ・ロタ・アパートで有名な漆塗りのブロックの衝立をデザインし、また1個限定のアール・デコ製品を数多く手掛け、アール・デコを代表するデザイナーとして名声を揺るぎないものにしました。 |
|
 |
 |
| ▲Swivelテーブル(1923年頃) |
▲ついたて(1922年〜1925年頃) |
1922年にアイリーン・グレイは自らの作品をアムステルダムで展示し、そこでデ・ステイルの建築家ヤン・ウィルス(1891年〜1972年)の目に留まりその作品を高く賛美され、その年にパリで行われたオランダ・デザイン展にも参加しました。デ・ステイルの建築家ヤン・ウィルスとの交流の中で彼女の作品はデ・ステイルの純粋な幾何学的フォルムの色合いが強くなっていきました。1923年にはJ・J・アウトとヴァルター・グロピウスは装飾アーティスト・サロンに展示されたアイリーン・グレイの「モンテ・カルロの夫人の部屋」を好意的に批評しました。そしてアイリーン・グレイが建築家としてデビューするきっかけが、1924年にジャン・バドヴィッチとのモダニズム建築の研修旅行でした。その後、独学で建築を学び1926年に建築家としてデビューし、1927年〜1929年にかけてフランスのロクブリュン(ローケブリュヌ)にE1027ハウスを設計しました。1920年代には機能主義的なモダニズムの代表者であるル・コルビュジエとの議論の帰結として、機能的で純粋主義的なスタイルを確立しE1027ハウスとそのインテリアに反映させていますE1027ハウスでは同名のサイドテーブルE1027、bibendum armchair、Roquebrune chair、Transat、Non-conformist等の数多くの鋼管製家具をデザインし、アイリーン・グレイは優雅、機能的かつ美的な鋼管製家具をデザインするデザイナーとして評価されるようになりました。
1937年にはパリに開かれた万国博覧会にル・コルビジュジエが設計した「新時代のパビリオン」に建築モデルを数点展示しました。 |
|
 |
| ▲E1027ハウス(1927年〜1929年) |
 |
| ▲E1027ハウスのインテリア(1927年〜1929年) |
 |
| ▲ル・コルビュジエ制作のエントランスのレリーフとル・コルビュジエらとのE1027ハウスでの交流風景(1927年〜1929年) |
 |
| ▲E1027ハウスのマスタープラン |
 |
 |
| ▲Transat トランザット(1925年〜1926年) |
▲Non-conformist(1926年) |
| アイリーン・グレイの作品はArtchairでご購入いただけます。 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
¥28,350

 |
¥66,150

 |
¥72,450

 |
¥398,790

 |
¥50,400

 |
¥304,500

 |
|
|
|