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イサム・ノグチとは?
イサムノグチ(Isamu Noguchi/1904年〜1988年)
イサムノグチ(Isamu Noguchi/1904年〜1988年)は彫刻・舞台美術・モニュメント・プロダクト(家具や照明器具など)庭園・ランドスケープまで幅広い分野で活躍した人物です。イサム・ノグチはジョージ・ネルソン、チャーズル・イームズ&レイ・イームズや日本の近代建築の巨匠、丹下健三を始め、猪熊弦一郎、勅使原蒼風、北大路魯山人、岡本太郎など当時の前衛芸術家達との交流の中で芸術家としての感性を磨きました。石は「地球の骨である」と考えて石を愛したことから、イサム・ノグチは「地球を彫刻する男」と呼ばれ続けました。第二次世界大戦を挟んで日米が睨み合う時代の中で生を受けたイサム・ノグチは日本人としても認められず、アメリカ人としても認められずに二つの故郷の間で苦悩を味わいました。イサム・ノグチは創作活動を通して自分の居場所・存在価値を見出すことをテーマとしていたのかもしれません。イサム・ノグチはデザインを通して西洋と東洋(特に日本)が持つ精神性を両国に伝えた翻訳者であり、また自然の風景の本質を鋭く読み、優れた感性で洗練された美しいフォルムを大地に描いたデザイナーでもありました。

1904年、ロサンゼルスでイサム・ノグチは英文学の詩人である日本人、野口米次郎とアメリカ人の作家、レオニー・ギルモアの間に生まれました。1907年に父のいる日本へ母と移住しましたが、父には受け入れられずに幼年期を日本で過ごしました。青年になったイサム・ノグチは1918年にアメリカへ渡り、そこで彫刻家を志して更にアジア・ヨーロッパを旅して見聞を広めました。1922年にはパリでは彫刻家ブランクーシのもとで助手を務めましたが、1923年にアメリカへ戻るとコロンビア大学の医学部へ入学しました。コロンビア大学では野口英世と出会い、同姓であることから意気投合し、野口英世からの助言もあって医学部を断念し、1924年からニューヨークの「レオナルド・ダ・ヴィンチ美術学校」の彫刻クラスで教育を受けました。1927年にはグッケンハイム奨学金を受け、コンスタンティン・ブランクーシに彫刻を学び、1928年にはニューヨークで初めて展覧会を開催しました。1930年〜1931年には中国の北京で斉白石に墨絵を習い、それから来日し京都で禅の庭の精神性の高さに衝撃を受けました。1932年にニューヨークへ戻ると暫くは彫刻に専念しましたが、イサム・ノグチは彫刻から更に活躍の分野を広げ、1935年〜1936年にはマーサ・グラハムの舞踏団の舞台装置を制作し、メキシコで公共市場のレリーフを作りました。

イサム・ノグチの彫刻:エナジー・ヴォイド イサム・ノグチの彫刻:真夜中の太陽 イサム・ノグチの彫刻:札幌の大通り公園にあるブラック・スライド・マントラ
▲エナジー・ヴォイド ▲真夜中の太陽 ▲札幌のブラック・スライド・マントラ

1937年には日本の兜を彷彿させる「ラジオ・ナース」をデザインし、1939年にはニューヨーク近代美術館の館長であったA・コンガース・グッドイヤーのために彫刻的で伝統にとらわれないテーブルを提供しました。家具としてはコーヒーテーブルIN50(1944年)、ソファIN70(1946年)、ラダーテーブルとスツールIN22、ロッキングスツール(1944年)、1940年代に紙製「ルナ」光の彫刻を制作し、1952年から和紙工芸を活かした照明器具「あかり」シリーズを発表すると共に北大路魯山人のもとで陶器の彫刻を制作しました。1941年〜1942年まで6ヶ月間、米政府がアメリカに住む日本人などを強制的に収監する姿勢に反対し、彼らの誉を回復するためにイサム・ノグチは自ら強制収容所に入りました。イサム・ノグチは1946年にニューヨークで開催された「14人のアメリカ人」に選ばれ、1949年〜1950年にはボーリンゲ財団から奨学金を得て世界中を旅しました。1951年〜1952年に東京の慶応大学の庭園をデザインし、1952年には広島の平和大橋、1956年〜1958年にはパリのパリのユネスコ本部の庭園、1960年〜1965年にエルサレムの国立美術館に彫刻の庭を設計し、1968年にはニューヨークののホイットニー美術館で回顧展が開催されました。香川県牟礼町に自らのアトリエを1969年〜1970年に開きました。現在はイサム・ノグチ庭園美術館となっています。1974年にはニューヨークのグッケンハイム美術館で開催された「現代彫刻の巨匠」展に参加し、1977年にはパブリックアートとしてシカゴ・アート・インスティテュートに噴水をデザインしました。札幌のモエレ沼公園のマスタープランに着手し、1988年にニューヨークで永眠しました。

イサム・ノグチ:広島の平和大橋 イサム・ノグチの彫刻:東京の草月会館ロビー「天国」 イサム・ノグチの彫刻:高松空港「タイム・アンド・スペース」
▲広島の平和大橋 東京の草月会館ロビー「天国」 高松空港「タイム・アンド・スペース」

イサム・ノグチのプロダクト製品:ラジオ・ナース イサム・ノグチのテーブル:ダイネットテーブルIN20 イサム・ノグチのスツール:スツールIN22
▲ラジオ・ナース(1937年) ▲ダイネットテーブルIN20(1949年) ▲スツールIN22(1949年)

イサム・ノグチの彫刻:起伏のある遊び場(1941年) イサム・ノグチの彫刻:魚の顔(1959年) イサム・ノグチのチェステーブル:チェステーブルIN61
▲起伏のある遊び場(1941年) ▲魚の顔 ▲チェステーブルIN61(1947年)


イサム・ノグチの照明器具:AKARI(あかり)シリーズ
▲AKARI(あかり)シリーズ

(イサム・ノグチの代表作)

慶応義塾大学「新万来舎」(1950)、広島の平和大橋(1952)、パリのユネスコ本部の庭園(1958)、大阪万博の噴水(1970)、デトロイトの公園「フィリップ・ハート・プラザ」(1979)、東京の草月会館ロビー「天国」(1977)、テキサスのキンベル美術館「星座」(1982)、コスタ・メサの彫刻公園「カルフォルニア・シナリオ」(1982)、フィラデルフィア「ベンジャミン・フランクリンのためのモニュメント」(1984)、ヒューストン美術館の彫刻公園(1986)、ヴェネチア・ビエンナーレの滑り台「スライド・マントラ」(1986)、高松空港「タイム・アンド・スペース」(1989)、札幌モエレ沼公園等。


イサム・ノグチをもっと知ろう!(本)
 ・ Casa BRUTUS特別編集 イサム・ノグチ伝説
  出版:マガジンハウス
 ・ イサム・ノグチ生誕100年
  出版:エクスナレッジ
 ・ イサム・ノグチの世界
  著者:綿引幸造
 ・ イサム・ノグチ―宿命の越境者〈上〉
  著者:ドウス昌代
 ・ イサム・ノグチ―宿命の越境者〈下〉
  著者:ドウス昌代
 ・ 夢みる少年―イサム・ノグチ
  著者:柴橋伴夫
 ・ PLAY MOUNTAIN―イサム・ノグチ+ルイス・カーン
  著者:イサム・ノグチ
 ・ 評伝 イサム・ノグチ
  著者:ドーレ・アシュトン
 ・ イサム・ノグチ空間の研究
  著者:アナ・マリア・トーレス


イサム・ノグチの作品はArtchairでご購入いただけます。
イサム・ノグチのコーヒーテーブルIN50 イサム・ノグチのサイクロンテーブル イサム・ノグチのフリーフォームソファワイドタイプIN70 イサム・ノグチのフリーフォームソファIN70
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